谷和樹の解説
泳げないけど水泳指導は好き |
|
私は、ほぼ泳げません。
プールでは25mがギリギリです。
「クロールもどき」か「平泳ぎもどき」で泳ぎます。
50mを泳ぎ切る自信はありません。
海で泳ぐなど、とんでもないです。
背泳ぎとバタフライは、もちろんできません。
そんな私ですが、
|
水泳を小学生に指導するのは大好き
|
でした。
もちろん、新卒の頃の指導はデタラメでした。
泳ぎコンプレックスの私は、必死に勉強したのです。
先輩の先生方に教わりました。
そのおかげである程度は指導できるようになりました。
自分は泳げないので、見本は見せません。
口だけで指導します。
それでも、子どもたちはかなり上達します。
上手に泳ぐには、もちろんポイントがあります。
フォームとか、タイミングとかです。
でも、小学生が泳げるようになる一番大切なポイントは、そういうテクニカルなことではありません。
大きなポイントを粗っぽく言えば、
|
1)浮かせる指導
2)長期の見通し
|
でした。
この2つです。
1)の浮かせる指導は2系統あります。
「ドル平」系統と、「ちょうちょ背泳ぎ」系統です。
2)の長期の見通しはプールに入る前からの指導です。
プールに入れる期間は短いですよね。
ですから、例えば「平泳ぎの足首の返し」などの動きは普段の体育の中でちょっとずつ扱っておくのです。
そうした指導の系統を少しずつ身に付けた私は、ある程度の指導の自信がありました。
そして30代半ばごろ。
|
向山の水泳指導のコツ
|
これを、向山のセミナーで習うのです。
まさに目からウロコでした。
向山のポイントは、私のさっきの2つとは違います。
あえて簡単に言うと、次の2つです。
|
1)運動量
2)できない子の意欲
|
「運動量」の確保なんて、当然だと思うじゃないですか。
私の水泳指導も運動量はあると思っていました。
向山の指導を聞くまでは。
向山の水泳指導の運動量は、次元というか概念が違います。
それを学んでから、私のクラスの子どもたちの泳力も劇的に伸びるようになりました。
町の水泳記録会では、全員皆泳を達成しました。
メドレーリレーで男女共に優勝したこともあります。
「メドレー」ですよ。
4泳法を全て教えていたということです。
谷学級四代目の6年生は、
|
全員が個人メドレー
|
ができました。
「バタフライ」「背泳ぎ」「平泳ぎ」「自由形」の順で合計100m泳ぐやつです。
もちろん、6年生の水泳の時間だけでは無理です。
当時の体育主任の先生方の力が大きいです。
1年生から計画的に指導が組み立てられていました。
学校全体で取り組んでいたからできたことです。
ただ、それでも「全員4泳法」は、あまりないでしょう。
1年生からの積み上げがあったこと。
そのうえに向山の指導法を取り入れたこと。
それが谷学級の6年生が伸びた理由だと感じています。
ちなみに、学習指導要領にはクロールと平泳ぎしかありません。
背泳ぎは「学校の実態に応じて」です。
バタフライは中学校の内容です。
小学校でメドレーを指導する必要は全くありませんので、念のため。
ところで、向山が指導した調布大塚小学校の子どもたちは当時、とんでもない記録を樹立していたようです。
|
|
|
1981年です。当時の新記録ですね。
もちろん、こうしたリレーで勝つことが小学校の本来の水泳指導ではありません。
この同じ学年通信の最後に、向山は書いています。
|
水泳記録会であって競技会ではありません。どの子も泳げるようになること、自分の記録をのばすことが第一の目標です。(25m.あと一人となりました)
その意味で、大きな成果のあった記録会でした。どの子もけんめいでした。
また、リレーの時の大歓声も思い出深い出来事といえます。今日でプールも終わりになります。
|
|
|
|
1 全員泳げるようになるってどういうこと? |
向山は
「どの子も泳げるようになること」
を大切にしました。
その思想がうかがえる記述が、次の本に出てきます。
|
『小学2年学級経営
大きな手と小さな手をつないで』
(学芸みらい教育新書9)
|
p.86、第4章「水泳指導で2年生皆泳を達成する」です。
結論は次のことです。
|
小学2年生108名が、全員泳いだ。
|
「皆泳」ですよ。
小2ですよ。
100名以上ですよ。
みなさんの学校ではいかがですか。
25mを泳ぐ必要はもちろんありません。
2年生で大切なのは、まずこれです。
|
1)水に入れること
2)水に浮けること
|
浮くことができれば、あとは進むだけです。
当時の調布大塚小の水泳の級は次のようでした。
|
|
この表で「7級」です。
|
浮かんで3m進む。
|
これができれば、「泳げた」と判定します。
念のため、再度言います。
「全員」です。
やってみればわかります。
至難の業です。
コロナ前でも、達成していた学校は多くないでしょう。
まず、指導時数の問題です。
夏しか指導できません。
7月の2〜3週間ほどです。
一番たくさん指導できて7回ほど。
少なければ4〜5回しかありません。
あなたなら、どう指導しますか。
|
|
2 初回の指導はアセスメントから |
向山の2年生への指導場面を見てみましょう。
|
|
まず「泳げない子」を浅いところに移動させたのです。
「泳げない子」とは1年生で「8級」以下の子です。
|
|
浅いところで、プールの真ん中あたりまで歩かせます。
男子と女子を向かい合わせ、近距離から水かけっこです。
もちろん、遊んでいるのではありません。
|
アセスメント
|
なのです。
子どもたちの状態を見ているのです。
向山は異変に気づきます。
|
後ろにいくもの7、8名。
ベソをかくもの3名。
|
8級というのは、
「目をあけ、伏し浮き」ができる状態です。
|
|
水に浮ける子が、水をかけられてベソはかきません。
そこで、
|
級の再判定
|
を実施します。
再判定の方法は書かれていません。
あくまでも推定です。
ざっと「けのび」などをさせたのでしょう。
7〜6級あたりの子も含めてです。
その結果、泳げない子はもっとたくさんいたことが分かります。
|
|
|
3 グループを分けること |
そこで、泳げない子を全員、浅い方に集めます。 |
|
このように、
|
プールを分ける
|
のです。
「プールを分ける」
という考え方がなければ効果的な指導はできません。
泳げる子たちについては、
|
どんどん泳がせる
|
ことがポイントです。
「運動量の確保」です。
泳げない子たちについては
|
個別指導
|
がポイントです。
|
|
4 水慣れから浮かせるまでの個別指導 |
まず、個別指導です。
向山は書いています。
|
|
|
泳げる子を泳がすのはスイミングスクールのプロ
泳げない子を泳がすのは小学校教師がプロである。
|
厳しい言葉ですね。
私たちは小学校教師のプロと言えるでしょうか。
向山の「浮かせる指導技術」を少し紹介しましょう。
第一に水慣れです。
|
|
泳げない低学年を「だっこ」します。
先生といっしょにプールの中を歩くのです。
「膝くらい」の浅い場所です。
「こわくないよ」
「先生がついているからね」
と、励ましたり、褒めたりします。
あちこちをゆっくり歩きます。
時々、他の子に近づきます。
「まちがえて」ちょっと水がかかったりします。
「ごめんね!だいじょうぶ?」
先生が謝って、優しく聞きます。
あるいは、先生がついうっかり「まちがえて」ちょっと転びそうになったりします。
「ごめん、ごめん!」
「だいじょうぶ?」
「すごいなあ、つよいなあ」
先生が謝って、優しく聞いて、励まします。
そうして辛抱強くつきあって、少しずつ少しずつ水に慣れていくのです。
第二は「浮かせる指導」です。
これについては「アチャラ」に記述があります。
「アチャラ」は向山が4年を担任したときの通信です。
|
|
向山は、「4月の段階で」早くも行動しています。
久保田さんが泳げないことをすでに把握しています。
かつ、何度も説得しています。
「先生が必ず泳げるようにしてやる。だから、プールの時はぜったいに用意をしてくるんだよ」
繰り返し説得した結果、久保田さんは言います。 |
「先生を信じてあげる」
|
4月からしっかりとラポールを形成しています。
「長期の見通し」をもって関わっているのです。
そして、浮かせる方法です。
|
|
|
念のため、ポイントを列挙しましょう。 |
1 陸上で「だるま」の姿勢を教える
(手足をちぢめ、手で足をかかえ、あごをつける)
2 その姿勢で息を止めさせる
10数えさせる。
3 そのままの姿勢でおしりが上になるようにもちあげる
「いいかい、水の中ではこのようにへんてこに浮くんだよ」
と念を押す
4 水の中でその姿勢をとらせる
教師がついて補助する
1)しっかりかかえてあげる
2)体の両側をささえてあげる
3)水着の背のところをつまむだけ
4)ちょっと触っているだけ
5 手を離す
|
この方法、私も何度も追試しています。
水に入ることができる子なら、この方法で失敗することはまずありません。
|
|
5 運動量の確保と「待たない」重要性 |
向山の水泳指導の動画があります。
向山洋一映像全集の第一巻に収録されています。 |
向山洋一映像全集 DVD全7巻セット
第一巻 サブコンテンツ
「向山式プール指導」
https://www.tiotoss.jp/products/detail.php?product_id=3654
|
文章ではイメージが伝わりにくいです。
興味のある方は動画も合わせてご覧ください。
ポイントはこれです。
|
プールを空けない
|
プールサイドに座らせて話を聞かせたりしません。
前の子が泳ぎ終わるのを待たせたりもしません。
泳ぎ方のフォームなどをやたら説明したりしません。
|
45分中、40分は泳いでいる
|
そんなイメージです。
プールの前の時間は少し早く終わって着替えさせます。
プールを横に使って、次から次へと泳がせていくのです。
多種多様な泳ぎ方を、つぎつぎに指示します。
例えば、
|
1)けのび
2)バタ足
3)クロールの手だけ
4)クロール
5)平泳ぎの手だけ
6)(以下略)
|
プールの横を使って向かい合わせます。
片方がこっちに到着して往復しはじめたら、もう片方の子たちはそれを追いかけて泳ぎはじめます。
縦に泳がせる場合も、列を指示したりしません。
早く来た子から適当に並びます。
前の子が5mラインを超えたらどんどん追いかけます。
ちなみに、プールの時間を2時間続きにして、週に1.5回実施する方法もあります。
でも、水泳のような技能系は、1時間を週に3回やったほうが上達します。
要はその時間の密度なのです。
さらに、重要なのは
|
待たない
|
ことです。
泳ぎの遅い子が到着するまで待ってはいけません。
7〜8割が到着したら次の泳ぎを指示します。
そうしないと、遅い子が目立ってしまいます。
ちょっと足をついたりしてごまかすこともできません。
遅い子も遅いなりにがんばれる。
完全にはできていなくても、そこそこついていける。
そういう感覚が大切です。
それが、冒頭で触れた「向山の水泳指導のコツ」の、
|
2)できない子の意欲
|
につながるのです。 |
|
6 時間の始め方と終わり方 |
開始場面でも全員が静かになるまで待ったりしません。
叱ることもしません。
いきなり準備体操を始めます。
「1234」「2234」と教師が突然体操を始めます。
子どもたちもやり始めます。
シーンとなってきます。
入水の号令も極端にシンプルです。
プールサイドに座ったら、
「1」
教師が言うのはこれだけです。
「1」で子どもたちは足を水につけます。
「2」で体に水をかけます。
「3」で後ろ向きにゆっくり入ります。
この段階で声が出たら、全員を水からあげます。
「声を出したら、先生の指示が聞こえませんよ」
「水泳は命にかかわります」
「声を出さないで入りなさい」
そう趣意説明して、また「1」からやり直すのです。
水泳を終わるときも向山の方法は独特です。
独特ですが極めて理にかなっています。
いったん、全員を水からあげます。
そして、「遠泳」を指示するのです。
プールでの遠泳というのは壁際をぐるぐる回りながら延々と泳がせる指導です。
まずは、給食当番からです。
|
給食当番さん、ここから泳ぎ始めなさい。
|
当番を早く教室に戻らせるためです。
当番の後は、誰からでもかまいません。
|
それでは、誰からでもどうぞ
|
次々にスタートさせていきます。
水泳の得意な子が最初にくるでしょう。
苦手な子は後からくるでしょう。
だからいいのです。
|
足をついたら出なさい
|
給食当番は、時間がきたら泳いでいてもあがらせます。
その他の子は、足をついてしまったらあがらせます。
時間差が生じるので更衣室も混雑しません。
泳ぎの得意な子は、文字通り延々と泳ぎ続けます。
そこで、
|
全員クロールにします
|
などと途中で負荷をかける場合もあります。
それでも、泳ぎ続けた場合には、時間で切ります。
|
はい、全員終了です。
最後まで残っていた人、すごいですね。
|
どの子も満足して終わることができます。
この動画も先ほどの「映像全集」に収められています。
|
|
7 全員泳げた!パーティー |
さて、向山の2年生の指導に戻りましょう。 |
|
|
最後まで水に入らなかった子がついに水に入りました。
子どもの作文です。 |
|
「プールがとてもいやだった」子。
この子は、7月18日の作文の最後にこう書いています。
|
|
激変していますね。
これが教育の力なんだと思います。
学年団が同じ方向を向いて努力したからです。
そして、その翌日です。
ついに全員泳ぎます。
|
|
向山はこの快挙を、学年通信で大々的に報じました。
「これを快挙といわずして何を快挙といいましょうか」
「みんなで万才をしました。
こんな時こそ万才をすべきです」
「校内放送をしたいぐらいでした」
等々と書いています。
以下、向山の直筆をぜひじっくりお読みください。
|
|
コロナでしばらく水泳指導ができなかったせいでしょうか。
学校での水泳指導を見直す声もあがっています。
民間に委託する案なども出ていますよね。
運動量の少ない水泳指導。
全員が活躍できない水泳指導。
満足感の少ない水泳指導。
そんな水泳指導がダラダラ続くなら意味がありません。
どの子も笑顔になれる水泳の時間であってほしいなと思います。
|
|
出典・引用文献
1)向山洋一「水泳記録会」調布大塚小1981.9.8 向山実物資料A25-19-01
2)向山洋一「水泳記録一覧表」(調布大塚小)1984 向山実物資料A22-24-06
3)向山洋一『学年通信なあにNo.46』調布大塚小2年1984 向山実物資料A120-04-01-46
4)向山洋一『学級通信アチャラNo.41』調布大塚小4年1982 向山実物資料A118(1)-04-01-41
5)向山洋一『学年通信なあにNo.51』調布大塚小2年1984_向山実物資料A120-04-01-51
6)向山洋一『学年通信なあにNo.56』調布大塚小2年1984 向山実物資料A120-04-01-56
7)向山洋一著『大きな手と小さな手をつないで—2年の学級経営(?章)』(直筆原稿)1985 向山実物資料A87(2)-09-01
関連リンク
1)向山洋一映像全集 DVD全7巻セット
https://www.tiotoss.jp/products/detail.php?product_id=3654
|
|
『谷和樹の教育新宝島』内コンテンツの著作権は、すべて編集・発行元に帰属します。本メルマガの内容の大部分または全部を無断転載、転送、再編集など行なうことはお控えください。
また、当メルマガで配信している様々な情報については、谷本人の実践、体験、見聞をもとにしておりますが、効果を100パーセント保証する訳ではございません。
選択に当たってはご自身でご判断ください。
|
※特典資料ダウンロードページおよび資料や映像、音声は予告なしに削除・変更されることがありますこと、あらかじめご了承ください。