そして、子どもたちに指示します。
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書き終わった人、見せにきなさい。
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子どもたちは書きます。
立ち上がって向山に紙を見せに行きます。
このような指導技術を
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個人を見取る技術
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と私は呼んでいます。
例えば、次のような場面があります。
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1 こちらから見る
1)机間巡視での見取り
(ノート・クラウド)
2)観察による “活動・発言・動き” の見取り
(動作・状態・ログ)
2 申告させる(持ってこさせる)
1)通過ポイント(関所)の設定
2)内容の関所
3)時間の関所
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向山の動画では上の2の1)ですね。
できた人から申告させ、持ってこさせるわけです。
さて、この部分の向山の「見取り方」が興味深いのです。
当時の向山学級には40人の子どもがいます。
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40人の意見を、向山は何分で見終わるでしょうか。
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40人全員ですよ。
紙に書かれているのはそれぞれ異なった「意見」です。
もしこれが、算数なら事情は全く違います。
同じ問題だけを見ればいいからです。
◯か×かは簡単にわかります。
でも、これは「国語」です。
「どうして、これでは答えられないのでしょう」
に対する意見。
それをそれぞれの子がバラバラに書いているのです。
みなさんなら、全員を見終わるのにどのくらいの時間がかかりますか?
「全員」ですよ。
まず、基準を示しておきましょうか。
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40人を5分以内
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これが合格ラインです。
持ってこさせる場合でも、机間巡視でも同じです。
やってみれば分かります。
5分は至難の技です。
5分で見ることができるなら、教師としてかなりの腕の持ち主です。
そして、5分の場合、次の問題が生じます。
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先に見てもらった子たちに空白ができる。
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つまり、早かった子がヒマになるのです。
そこで、気の利いた教師は、次のようにいいます。
「見せた人は他の問題を解いて待っていなさい」
あるいは
「先着10名だけ見ますね」
のような場合もあります。
それでも、若干の混乱は生じます。
先ほど、40分を5分以内が合格ラインと言いました。
もっと腕のいい教師なら、
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40人を約2分
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で見ることができます。
このような教師は、めったにいません。
私も現役時代、挑戦しました。
かなり難しかったです。
そこで、向山です。
何分で見たでしょうか。
映像がありますから。
どなたでも検証できます。
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1分15秒
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1分15秒です。
とんでもない速さです。
単純に割ると一人あたり
「約1.9秒」
で見ていることになります。
でも映像を見ていると、
「1秒以内」
で見ていると感じるシーンもあります。
「子どもが持ってくる速さよりも、向山が見る速さのほうが速い」
という感覚さえあります。
その向山の「見るしぐさ」には特徴があります。
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1)全くコメントしない
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反応は「はい」という言葉だけです。
評定もしなければ、褒めることもしません。
「はい」
ということで
「見たよ」
というメッセージだけを伝えているのです。
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2)紙を手に持ってみている
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子どもたちが持ってきた紙。
それを一人ひとり、向山の手にとって見ています。
子どもが手に持っている紙に向山もちょっと手を添えるといった感じもあります。
それがさらに
「見てくれた」
という子どもたちの感覚を高めています。
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3)目線をあちこちに向けている
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基本は子どもが持ってきた紙を見ているわけです。
でも、注意深く、教室のあちこちにも目をむけています。
当然、子どもたちの様子をモニタリングしているのです。
1分15秒しかかかっていませんから、空白はほとんど生じません。
子どもたちは、見せたら席で座って待っています。
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4)一回一回、左手を頬にあてる
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この意味はわかりません。
向山の癖でしょうか。
意味はわかりませんが、私はこういう向山のしぐさが好きです。
弟子ですので。
いずれにせよ、こうした向山の身体の使い方。
これは、AIにはない特徴でしょう。
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3 向山の見取り(内容を覚える) |
さて、1分15秒という高速です。
「はい」
と言って通過させるだけなら簡単です。
でも、それでは見たことになりません。
持って来させて教師が見たということは
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子どもが書いた内容を覚える
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ということが前提です。
それができないなら、見る意味がありません。
向山は、高速で見ながら、すべての内容を覚えてしまいます。
授業中の緊張感が、脳の働きをより活性化させるのかも知れません。
もちろん、私も挑戦しました。
難しいです。
覚えられません。
「えーと、◯◯君だったかな」
「いいの書いてたよな」
「なんだっけ」
という状態になりがちです。
あなたはいかがでしょうか。
でも、今は「クラウド」があります。
PadletとかMiroとかに書かせればいいです。
書いた瞬間に見ることができます。
同時に一覧することもできます。
忘れても手元で確かめることができます。
「見たよ」というサインを「タップするだけ」で知らせることもできます。
便利になりました。
そうしたICTの良さを私たちは使いこなせているでしょうか。
さて、向山の時代は「紙」しかありません。
だから、子どもの意見を一覧するためには、
・短冊に書かせて黒板に貼る
・子どもたちに板書させる
などの方法を当時はとっていたのです。
その時代に向山は、
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1)1分15秒で全員をみる。
2)その内容を覚える。
3)その中から重要なものを取り上げる。
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ということをやっていたわけです。
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4 向山の介入
(重要なものを取り出して広げる) |
ところで、「覚える」だけなら、
「おそらくAIのほうが得意」
ですよね。
子どもたちが書いた内容の中から、どれを取り上げるか。
その「人間の判断力」がポイントです。
みなさんなら、どんな内容を取り上げますか?
「いい意見」?
「討論になりそうなもの」?
「対立している2名」?
いずれもあり得ます。
そのときに、子どもたちがどんなことを書いたのか。
教師はどんなことをねらっているのか。
それによっても変わりますよね。
だから、絶対これ!
という内容はありません。
向山はここで、2名を取り上げます。
その場で、瞬間的に判断し、瞬間的に取り上げたわけです。
まず、一人目。
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こういう答えがあります。
「いつのことか分からない」
と書いてあるのですが
これだけでは、いつのことか、先生に分かりません。
この「いつ」というのは何をさしているのか。
もっと正確に書いていらっしゃい。
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この時点で、「苦笑い」の反応をしている子もいます。
そして、二人目。
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こういう答えもあります。
「言葉が足りない」
これも、言葉が足りなくてわかりません。
どういう言葉が足りないのか、
つけ加えて持っていらっしゃい。
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この時点で一人の子が
「えぇーっ・・・」
とため息をつくような反応をします。
「きびしぃーっ」
って感じの反応です。
向山はかまわずタタミかけます。
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ちゃんと正確に、わかるように答えられたら
もう一度持っていらっしゃい。
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いや、すごいですね。
このときに出題されていた演習は、
「どうして、これでは答えられないのでしょう」
でした。
それに対して、
「いつのことか分からない」
と書いたら
「お前の書いた『いつ』もいつのことかわからない。
書き直せ」
と言われているわけです。
「言葉が足りない」
と書いたら
「お前も『言葉が足りない』
書き直せ」
と言われているわけです。
再度、整理します。
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1)1分15秒で全員をみる。
2)その内容をすべて覚える。
3)その中から2名を選ぶ。
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そのうえで、先程のような
「言い回し」
で伝えているわけです。
現状、とうていAIにできる技ではないなと思います。
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5 見取りと介入の前提条件 |
なぜ、向山はそんなことができるのでしょうか。
技量が高いから、と言えばそれまでです。
そうした高い技量の一般的な前提条件として、私は次の項目をあげました。
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1 見取る「視点」を持っていること
・・・・・ ←教材研究・単元構成力
1)授業の目標が明確/ルーブリックがある
・・・・・ ←全員到達のゴール
2)子どもたちの実態がわかる
・・・・・ ←その子にとってのゴール
3)その他
2 見取る「技量」が高いこと
1)年間を見通している
・・・・・ ←遠くが見える
2)子どもの微かな変化がわかる
・・・・・ ←細部がみえる
3)関連付けて見える
・・・・・ ←つながりがみえる
4)発言したい子がわかる
・・・・・ ←微かな身体の動きがみえる
4)子どもたちの意見を覚えている
・・・・・ ←上級者のスキーマがある
5)その他
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もちろん、これだけでは説明できないこともあるでしょう。
こうしたテーマを意識して実践・研究してくれる先生が増えるといいなと思います。
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