
谷和樹の解説
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卒業単元
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ダイナミックな活動をつくる
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子どもたちと飯盒炊さん。
やったことあると思います。
火おこしからはじめたり。
カレーをつくったり。
1回だけなら楽しい活動です。
でも、毎食作るとしたら?
兵庫県の自然学校はかつて5泊ありました。
私はそのうち2泊3日をキャンプ泊にしました。
その2泊3日の野営中、
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すべての食事を飯盒炊さん
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でつくらせました。
正確には、
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1日目の夕食
2日目の朝食・昼食・夕食
3日目の朝食
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この5食です。
全部、飯盒炊さんです。
メニューも全部子どもたちが考えます。
あらかじめ教室で考えておくのです。
考えるときは楽しい。
「島」での自然学校です。
まわりは海。
釣りをして魚を調達しても自由です。
斬新なメニュー案も出ます。
必要な食材を子どもたちが申請し、私が注文します。
ワクワク感が高まりますよね。
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(自然学校へ向かう船で、クラスの子どもたちと 1990年)
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それで、どうなったと思いますか?
飯盒炊さんで食事をつくる。
それって思ったより大変です。
薪をくべて火をおこすところからつくります。
やっと昼食ができた。
そう思ったら、もう夕食準備。
遊ぶ時間なんてどこにもない。
魚なんてまったく釣れない。
そのうえ、夜はテントで2泊。
やってみて気がつくこの無謀さ。
かなりの班でけんかが勃発。
女子はホームシックにかかって涙。
5食つくれずに食べることができなかった班多数。
いや、大変でした。
今思えば、よく提案が通ったなと思います。
でも、ホントに楽しかったんです。
けんかして、苦しんで、泣きながら、
それでも子どもたちは元気でした。
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(5食を飯盒炊さんしたときの子どもたちと 1990年)
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真っ黒になって帰ってきました。
やりきった感(?)がありました。
計画のしかた、協力の大切さ、海の怖さ・・・
いろいろなことを学びました。
子どもたちの中には、その後数年たっても
「あのときの自然学校が忘れられない」
と言ってくれる子がいました。
大学を出てから、野外活動センターの指導員になってしまった子もいたくらいです。
こういうとんでもない計画、今は難しいでしょう。
でも、例えばこれからの「総合的な学習の時間」。
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思考や行動・好奇心の芽を一層大切にするとともに、他者との対話や協働、自己調整を通じて好きや得意を伸ばし、夢や希望を育み、自らの人生を舵取りする力に繋げていく取組
(中教審「教育課程特別部会 論点整理」令和7年9月25日)
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それを一層重視するって書いてありますよ。
今の時代に合ったダイナミックな学習活動も、あるんじゃないかなって思います。
※野外活動の関連情報は【谷和樹の教育新宝島】vol.64 Part1(2025年2月21日)にも書きました。
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| 1 ある学校の3学期の時間割から |
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ここに、ある学校の「時間割」があります。
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理科、音楽、図工、調理実習などは専科ですから固定なのでしょう。
その他は、ほぼ完全に自由に構想させたようです。
特徴的なのは
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1 どの班からも「百人一首」が提案されていること
2 怪談・のど自慢など、向山学級のそれまでの「文化」が反映されていること
3 低学年からの学習の復習、難問、地名あて、など「授業」に関連するものが見られること
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等です。
最終的には一つの案にまとめます。
子どもたちが話し合って決めた最終案がこちら。
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(『ランダム No.77』1982年2月22日発行)
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運営は概ね子どもたちに任されています。
というのは、次のように「担当の係分担」も提案されているからです。
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(『ランダム No.77』卒業単元の係)
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いうなれば「夢の時間割」である。
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そう向山は書いています。
子どもたちが出してきたこの最終案に対して、向山は念をおします。
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「これで、本当にいいんだね?」
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| 子どもたちは言います。
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「よく考えると、違う気がする」
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| その子どもたちの様子が
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淋しそうなのだ
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と向山は書いています。
「淋しそう」な理由は、書いていないのでわかりません。
でも、
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1 もっといろいろと考えられたかもしれない
2 自由にやるのもいいけど、本当は向山先生が授業したほうが楽しいんじゃないか
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| といった複雑な気持ちなのかな、と思います。
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| 2 「卒業単元」を実現させる条件 |
| 言うまでもありませんが、3学期の全部をこの時間割でやるわけではありません。
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とにかく一週間、これでやってみることにした。
(『ランダム No.77』1982年2月22日発行)
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今日、子どもたちに聞いてみた。
「2月14日〜19日までの時間割を君たちにまかせるとしたらどうする」
(『えとせとら No.166』1977年1月22日発行)
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向山がこう書いている通り、
「1週間」
を目安にしていたようです。
むろん、結果としてそれが2〜3週間に拡大していくことがあってもかまいません。
それにしてもダイナミックです。
楽しそうです。
これを私も追試したかったのですが、
「来年こそは」
と思っているうちに、ついにできませんでした。
卒業単元を実現するためには、いくつかの条件が必要です。
第一に、次のことが必須です。
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【条件1】
6年生の授業内容は1月でほぼ終了していること
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そうでなければ、自由に考えさせることができません。
卒業単元を考え、計画し、確定するという準備の期間も必要です。
3月は卒業式に向けての全校的な動きもあります。
自由に動けるのは2月が中心になります。
つまり1月までに
「ほとんどすべての教科内容」
が終わっていなければ取り組めないのです。
第二に、次のことも必要だと思います。
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【条件2】
子どもたちの「学び方」が育っていること
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自分たちで何かを進めていくのです。
受け身の姿勢ではできませんよね。
ここでいう卒業単元というのは、いわゆる
「自由進度」とか
「探究的な学習」とか
そういうものだけに限りません。
基本的には子どもたちの自由な発想です。
何をやってもいいわけです。
ですが、それは簡単ではありません。
子どもたちが育っていなければ
「ただ崩壊するだけ」
になってしまいます。
6年生の最後に、教育課程内で取り組むのです。
例えば、次のような力が子どもたちに必要です。
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1 計画を具体的に書き出す力
2 相談しながら検討したり、譲ったりして調整する力
3 自分たちで担当を決めて運営できる力
4 突発的なことに対応できる力
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| これって、つまり
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それまでの担任教師の授業の反映
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ですよね。
授業の中で、上のような力を育ててきた。
だからこそ、子どもたちに任せることができるのです。
ということは、第三に、次のことが前提でしょう。
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【条件3】
それまでの授業がとても面白かったということ
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| 面白かったというのは、
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1)みんなができるようになった
2)みんなが分かるようになった
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| そして、
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3)知的な熱中があった
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といったようなことです。
だからこそ、力がつくのです。
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| 3 「卒業単元」を実現させる手順 |
さて、上のような条件がほぼ満たされているとします。
具体的には、どのような手順で卒業単元をつくらせていけばいいでしょうか。
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【手順1】
発想は、全く自由なところから出発させる
(向山洋一『6年の学級経営』明治図書、1984年、p.115)
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「全く自由」
です。
「班ごとに時間割を考えさせる」
という場面です。
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【手順2】
条件はただ一つ
「教育的価値をこじつけろ」
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子どもたちにそう告げるのです。
授業時間ですから「遊び」ではありません。
子どもたちは考えます。
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1)百人一首(国語、社会、昔の人の名前を覚える)
2)ゲーム(頭の回転をよくする、算数、保健体育)
3)おばけやしき(保健体育、忍耐力をつける)
4)ひるね(身体を休める)
5)同じかっこうを1時間(忍耐の勉強)
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こんな感じです。
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(向山学級の子どもたちがこじつけた?「教育的価値」の例)
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【手順3】
各班の計画をもとに、全体で一つの案にまとめる
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ここは「討議」させるわけです。
「討論」ではありません。
「各班の案を一つにまとめて」
「最終的に決定する」
つまり、「議決」しなければならないのです。
そうした話し合いの力が育っていなければまとまりません。
一つの案にまとめさせたうえで、
向山は
「これで、本当にいいんだね?」
と念をおしているわけです。
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【手順4】
教師の案も半分くらい割り込ませる
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担任として、向山が提案した内容も加えます。
例えば、
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〈教師の案 例1〉
1年からの各教科の授業
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これは、1年生、2年生、3年生などの教科書を使用して、6年生に授業するのです。
低学年の教材を高学年で授業する。
これは非常に知的になります。
卒業単元でなくてもおすすめです。
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〈教師の案 例2〉
30の名詩、名文の暗唱
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これは、それまでの授業の反映でしょう。
向山は詩文の暗唱を非常に大切にしていました。
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教師になって以来16年間、私がずっとやってきたことがある。何年生の担任であろうと、必ずやってきたことがある。
私が指示した「詩・文」を暗唱させることである。
(向山洋一『国語の授業が楽しくなる』明治図書、1986年、p.14-15)
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その最後の確認というか、まとめというか、集大成を卒業単元でやっておきたいということでしょう。
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〈教師の案 例3〉
裏文化、遊びに関係するもの
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メンコ、けん玉、手品、囲碁、将棋、その他、様々な遊び系です。
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〈教師の案 例4〉
知的で高級な裏文化
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これは例えば
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1)推理小説の分析
2)邪馬台国の謎
3)いろは歌
4)漢字の分解
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といった、教科書には出てこないけど、とても知的で熱中する授業群です。
何年か後で、実際に向山が授業化したものもあります。
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〈教師の案 例5〉
親父、おふくろを引っぱり出す
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向山は次のように書いています。
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1)亮の親父さんに“世界のエネルギー利用”とか
2)おひろの親父さんに“ドイツの生活”とか
3)香の親父さんに“オーストラリアの小学校”とか
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これはすごいです。
担任の向山が、保護者の職業的な「専門性」などを把握しているってことですよね。
実際の向山の卒業単元では、
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1)百人一首もどっさり
2)母親との会
3)NHKのクイズ面白ゼミナールから教科書クイズ
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なども実行されたようです。
「楽しい授業であった」
と、向山は書いています。
向山の学級通信「えとせとら」のNo.167と、『6年の学級経営』の該当箇所を載せておきます。
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(『えとせとら No.167』1977年1月25日発行)
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(向山洋一『6年の学級経営』明治図書、1984年、p.117)
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この、6年生の2〜3月の期間。
それは、向山の言葉によれば、
「6年間でたった一回の黄金の時間帯」
です。
「この時期だけは、比較的自由な授業が許される」
のだと言います。
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| 4 「卒業単元」着想の遠景 |
向山は、どのようにしてこうしたダイナミックな卒業単元を思いついたのでしょうか。
それには、いくつかの源流というか、きっかけがあったようです。
一つは、向山が新卒時代から尊敬していた坂本茂信です。
上の「えとせとら」に次の文があります。
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坂本先生はよく
「6年生の3学期は卒業という一つの単元にしてしまって、思いきったことをすればいいと思うんだ」
と言っていた。ぼくも(俺も)何となくそうしたいと思っていた。
(『えとせとら No.167』1977年1月25日発行)
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| 坂本茂信については「【谷和樹の教育新宝島】vol.93 Part1(2025年9月12日)」でも紹介しました。
もう一つは、向山の弟の向山行雄です。
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(『えとせとら No.166』1977年1月22日発行)
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「学校でのウイスキー」は、まあその時代ですから(*^^*)
弟のこの実践に「えらく感動」した向山は、その後、
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俺も思いきって何かやってみようと決意
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するのです。
みなさんはいかがですか。
やはり、今の学校では難しいでしょうか。
私が今、こうしたダイナミックな単元を小学校6年生で構想していいなら、おそらく
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1 「総合的な学習の時間」を核にして、
2 生成AIなどもふんだんに活用しながら、
3 子どもの自由な発想から探究させ、
4 その教育的な価値をこじつけながら、
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実行していくことを校内で提案するでしょうね。
次のような『論点整理』の資料も根拠にしたいです。
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(中教審「教育課程特別部会 論点整理」令和7年9月25日)
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