谷和樹の教育新宝島

特典資料

特典音声

谷和樹の解説

交通事故の授業
「ガジェット」オタク

スマホは2台持っています。
1台はiPhone。
もう1台はGalaxy。
iOSとAndroidの両方の挙動を見たいからです。
自宅のメインパソコンはMac Studioです。
かなり高かったのですが、今の私の仕事の量と質を考えると必要だと思い、奮発しました。
出先に持っていくのはMacBook Proです。
リュックに入れるとズシンとくる重さですが、軽さより機能を優先して選びました。
他にiPadを2つ使っています。
これらの多くは2〜3年ほどで買い替えます。
今は使い慣れているのでMacを使っていますが、数年前まではWindowsをメインに使っていました。
パナソニックのLet’s noteがお気に入りでした。
「デジカメ」もいろいろと買いましたが、今はスマホのカメラが進化したのでそちらにシフトしています。
「スマートウォッチ」は6台くらい買い替えました。
様々な価格帯のものを次々に試しましたが、今はApple Watchに落ち着いています。

と、書くとしっかり仕事を考慮して選択しているようですが、実は、なーんにも考えていません。
理屈じゃないのです。
単に新しいマシンが好きなのです。
「ガジェット(電子機器小物)」オタクです。
サークルで簡単なハイブリッド会議をするときには、手提げにいろいろと入れて出かけます。

1)モバイルWi-Fiルーター
2)Wi-Fiルーター用電源ソケット
3)Wi-Fiルーター用LANケーブル
4)Jabraスピーカーフォン
5)Jabra用延長USBケーブル
6)小型Webカメラ
7)Webカメラ用小型スタンド
8)延長電源コード

大変だなーって感じかもしれませんが、大変ではありません。
趣味だからです。
私の自宅のデスクにも、いろいろなものがごちゃごちゃとあります。
ほぼガジェットです。
下は、新型コロナウイルスの流行時に私のオンラインセッティングを紹介したときのものです。
少し変化していますが、今もだいたいこんな感じです。

昔から新しい機械が好きでした。
Macintosh PlusというかわいいMacを購入したのは新卒1年目、22歳の時でした。

Mac本体と、ImageWriterというちゃちなドットプリンターと、たった2メガのハードディスク。
合わせて60万円。
即決で買いました。

1 仕事で最先端機器を使いこなす
向山はおそらく最も「最先端機器」を使ってきた教師です。
ガリ版(ってわかりますか?)しかなかった時代。
コピー機が登場すると、真っ先に自宅に購入したといいます。
カラーコピーが出れば、それもすぐに導入しています。
例えば、向山が提案して全国に広がった授業に
「写真の読み取り」
があります。
この授業は、向山がカラーコピー機を使いこなしたからこその実践でした。
他にも、

1)携帯電話
2)FAX
3)PHS
4)ポケベル・・・

その時代、時代で、一番新しく出た電子機器をすぐに取り入れ、仕事に活かしていたのが向山だったのです。
その向山が24歳の新卒1年目。
1968年(昭和43年)に使った、当時の最先端機器とは何だったと思いますか?

スライドプロジェクター
当時は単に「スライド」と呼んでいたと思います。

OHP(オーバーヘッドプロジェクター)などとともに、当時の教室で一時代を築いた機器の一つです。

2 教師になって8か月目の向山の提案
向山が教師になって8か月目の1968年11月。
向山はこのスライドプロジェクターを活用した研究を都の社会科研究部に報告します。
研究主題はこれです。

統計図表と写真スライドが話し合い活動に与える影響について

(向山洋一『年齢別実践記録集第1巻 教育実習を終え新卒教師へ』教育技術研究所、1997年)

「統計図表」と「写真スライド」です。
今なら、何ということはないのかもしれません。
しかし、これは昭和43年の研究です。
「白黒テレビ」がやっと家庭に普及した頃です。
「カラーテレビ」は10%以下の普及率でした。
もちろんカラーコピーなどどこにもありません。
当時の最先端だった「写真スライド」を資料として投影し、そのことと「話し合い活動」との影響とを考察しているわけです。
今なら「生成系AI」と「話し合い活動」という感じでしょう。
この報告の中から、向山の文章をいくつか引用してみましょう。

〈1〉
デールが主張する「経験の円錐体」の、ブルーナーが主張する直感的思考の重視の延長の中にこそ、我々現場教師が研究していかなければならない問題がある。(同上 p.39)

デールの「経験の円錐体」って聞いたことありますか?
「ラーニングピラミッド」なら聞いたことあるかもしれませんね。
今では、エビデンスがないといった批判も多い理論です。
その元となったのがこのデールの「経験の円錐体」です。
エビデンスはともかく、教師の経験的にはなるほどと思えるモデルです。
また、ブルーナーというのは『教育の過程』という本で有名なアメリカの教育心理学者です。
子どもの学問的なレベルを高めるには

「構造を発見させる学習」が必要だ

と言った人です。
つまり、

細かい知識ではなく、
事例に通底する基本的な見方・考え方を教える

ということです。
また、ブルーナーは

どんな難しいことでも、
その基本的な概念(構造)は子どもに教えることができる。

とも言いました。
私も「生命保険のしくみ」を子どもに教えたことがあります。
いや、生命保険の保険料計算などを実際に子どもにさせるのではありません。
生命保険の基礎的な概念(構造)を教えるのです。
そのためには、子どもの発達段階に応じた「翻訳」が必要です。
その翻訳と資料提示こそ、教師の「腕」なのです。
新卒1年目の向山もそのことを述べています。

〈2〉
「真の資料としての価値を発揮させるためには、学習効果を高める教材として再構成することが必要」であり、そのことはひとえに教師の手にかかってくるのである。(同上 p.41)

最終的に、向山は次の図で報告をまとめました。

認識過程に対する教材のあり方は(児童の研究発表による授業で)次のような表にあらわせるのではないかと考える。(同上 p.50)

教師になって間もない新卒の提案とは思えません。
当時、この報告を読み、その後の研究会に参加したベテラン教師たちも驚いたようです。(同上 p.62)

3 授業で子どもたちがよく発言するのはなぜか
さて、この報告に基づいて、向山は研究授業をします。
指導案には授業の目標がこう書かれています。

児童が現に持っている交通事故に対する見方をさぐり、その交通事故観に対して、児童自身に、自分の考えに矛盾があることを感じるように事態に追いこみ、それを契機として思考を発展させ、交通事故発生の原因が不注意ばかりではなく、社会的原因によることも多いことに気づかせていく。

実にレベルの高い目標です。
お気づきでしょうか。

「事例」(資料)を通して「社会的原因」という「構造」を発見させていく

ことをねらっているのです。
まさにブルーナーの理論に依拠しているわけです。

さて、これが児童の「話し合い」に与える影響が研究テーマでした。
授業で子ども達は発言したのでしょうか。
向山の勤務校は「大森第四小学校」でした。
大森第四小学校は大田区の一番海側にある学校です。

羽田空港のすぐ隣です。
当時、アメリカに一番近い学校と言われていました。
地域は下町の中の下町といわれた漁業の町でした。
人情に厚い一方、勉強が苦手な子も多く、指導の難しさが指摘されることも多かったようです。
「ほとんど発言しない」
「何も言わない」
ベテラン教師たちも、子どもの実態をそのようにとらえていました。
再度、授業で子ども達は発言したのでしょうか。
この向山の研究授業の録音テープが残されています。
冒頭から、子ども達は大変ににぎやかです。
向山は次のように記録しています。

発言をする児童の数は、授業全体を通して、20〜29名(学級児童数32名)を保っていた。
そのため、大半の授業は、45分の中40分ぐらいを児童同士の意見の交換ということになった。

つまり児童の発言率は常に62〜90%程度であったということです。
先ほどの児童の実態を考えると、これは大変な数値です。
この授業を参観したベテラン教師たちは次のように言いました。

このように子どもたちが発言するのは3年生だからだ。
このことについて、向山は著書に書いています。

「3年生だから発言する。6年生になると発言しない」という発言は、ある種の怒りとともに、ぼくの心に住み着いた。〈今に見ていろ。6年生でも活発に、自由に発言する場面をお目にかけてやる〉と、自分の心にしきりに言い聞かせた。

(向山洋一『向山の教師修業十年』学芸みらい社、2017年、p.13)

もちろん、3年生だから発言したのではありません。
その学校では2年生でも3年生でも発言は少なかったのです。
発言しないのは、地域のせいでも、羽田に近くて騒音がひどいという環境のせいでもありません。
そうした要素はゼロではありませんが、主な要因は「教師の力量」なのです。
優等生だけが脚光を浴びるような構造を教師が温存しているからです。
向山は新卒時代から既にそこに着眼していたということです。

4 向山の授業への自評
それにしても、55年前の新卒の授業記録が残っており、かつそれを分析できるということが奇跡です。
あなたなら、自分の新卒の授業記録を録音データとともに公開できますか?
私は絶対にできません。
そもそも残っていませんし、残っていたとしても、とても公開できるものではありません。
向山は、自分でこの授業の録音を分析したセミナーをしたことがあります。
その中で次のように述べました。

出だしがもたもたしていて、スッキリしていない。
我ながらひどい。
ただ、小細工をしていない。
フェアでオープンな感じがする。
形式的なこともしていない。

形式的なことというのは「起立、礼」などのあいさつのことです。
授業におけるこうした形式的な儀礼への嫌悪は、斎藤喜博の影響だと思われます。(斎藤喜博はご存知ですか?)

出典・引用
1)向山洋一『年齢別実践記録集第1巻 教育実習を終え新卒教師へ』教育技術研究所、1997年
2)向山洋一「視聴覚教育研究協議会への中間報告」大森第四小学校、1968年、向山実物資料A74-03-01
3)向山洋一『向山の教師修業十年』学芸みらい社、2017年、p.13

関連リンク等
1)向山洋一『年齢別実践記録集第1巻 教育実習を終え新卒教師へ』教育技術研究所
https://tosskyozai.com/?pid=184810936
2)向山洋一『向山の教師修業十年』学芸みらい社
https://www.amazon.co.jp/dp/4908637407/
3)ブルーナー『教育の過程』岩波書店、1963年
https://www.amazon.co.jp/dp/4007301301

『谷和樹の教育新宝島』内コンテンツの著作権は、すべて編集・発行元に帰属します。本メルマガの内容の大部分または全部を無断転載、転送、再編集など行なうことはお控えください。

また、当メルマガで配信している様々な情報については、谷本人の実践、体験、見聞をもとにしておりますが、効果を100パーセント保証する訳ではございません。
選択に当たってはご自身でご判断ください。

特典資料ダウンロードページおよび資料や映像、音声は予告なしに削除・変更されることがありますこと、あらかじめご了承ください。