谷和樹の教育新宝島

特典資料

特典映像

谷和樹の解説

あかねこ漢字スキル
漢字が苦手な美里ちゃん

私のクラスにいた美里ちゃん。
5年生です。
本当に漢字が苦手でした。
10問テストってありますよね。
毎回、10点か20点しか取れません。
当時、私は15年以上のベテランです。
自分で言うのもなんですが、
漢字指導にはかなり自信がありました。
「向山の漢字指導システム」
を学んでいたからです。
でも、美里ちゃんは漢字が書けるようになりません。
真面目な子です。
一生懸命練習します。
でも、どうしても書けません。
私は、知恵を絞ってあらゆる作戦を考えました。

空書きでチェックするとき。
全然書けない美里ちゃんは最後まで残ります。
だから、私は彼女の前にさりげなく立ちます。
全員に空書きをさせながら、
美里ちゃんの目の前で自然に、
「鏡文字」
を書いていました。
そうしないと、合格できないからです。

10点でも20点でも、いっぱいほめました。
「それでいいんだよ」
「指書きが上手になっているよ」
「昨日と同じだったならがんばっている証拠だよ」
美里ちゃんは、少しうれしそうに、でも恥ずかしそうに、微かにニコッとします。
でも、やはり書けるようになりません。

書けるようになりませんでしたが、私は信じていました。
漢字というのは

覚える回路
が脳にあるんです。
その回路がつながっていない場合、時間がかかります。
つながりはじめたら後は速い。
そう確信していたので、
「向山の漢字指導システム」
で丁寧に教え続けました。

その結果、どうなったでしょうか。
2学期から40点、50点と変化しはじめます。
3学期のはじめ。
ついに
「90点」
を取りました。

私は漢字スキルの得点を一人ずつ発表させます。
向山にならった方式です。
美里ちゃんが
「90点です」
と初めて言ったときの、クラスの素敵な空気。
忘れられません。
みんなが祝福感で満たされながら、やがて来るはずの
「100点」
までは爆発を抑えておきたい感覚。
そして、数日後。
隣の子が◯をつけて美里ちゃんに返しながら、
すごく拍手をするのが見えました。
「とったな」
と私は思いました。
ところがその時、いつも必ず100点ばかりとるひろせ君。
「あぁ〜っ」
と頭をかかえているのです。
得点を発表させました。
あのひろせ君が、なんと90点。
教室はざわっとします。
出席番号が最後の美里ちゃんが、
「100点です」
と言ったとき、またクラス全体から
声の出ない
「おぉ〜・・・」
というため息が漏れました。
なんという逆転現象。

次の日、美里ちゃんはまた80点、90点に戻ります。
でも、こうなると時間の問題です。
回路ができてきたからです。
ついにその日がやってきました。
ひろせ君ももちろん100点。
次々に発表される
「100点です」
の声。
そして、美里ちゃんが
「100点です」
と言った瞬間。
全員が椅子から爆発的に飛び上がって
「バンザーイ!」
「やったー!」
と叫んだあの光景を今も覚えています。
ああ、このために教師をやっていたんだよな。
そう思いました。

1 漢字は書けるようにならなければならない
ちなみに、今の私なら、もう少し違った指導ができたかも知れません。
25年以上も前の話です。
当時の私は「学習障害(LD)」のことなど、なにひとつ勉強していませんでした。
学習障害という言葉さえ知らなかったのです。
美里ちゃんが、もしLDだったなら?
あるいは「3D優位」
だった可能性もあります。
だとしたら、もっと別のアプローチもありえました。
漢字の色を変化させたかもしれません。
動画も使ったでしょう。
粘土やモールで漢字をつくることもできたし、
今ならアプリも渡せたでしょう。
当時の私を責めるのも酷ですが、
でも、そういうことです。
「知識がない」
「勉強していない」
ってそういうことなんだよな、
って思いませんか。
教師には研修の義務があります。
勉強しないだけで罪なんだと思います。

さて、上に書いた

向山の漢字指導システム
これは、今では基本中の基本です。
これを知らないのなら、教師としては不合格。
少なくとも国語教師や小学校教師としては、
仕事ができない。
そう言っていいほど、重要です。
だって、漢字って超基本ですよね。
もちろん、漢字の指導法はたくさんあるでしょう。
向山の方法でなくてもいいとは思いますよ。
でも「知らない」というのはやはりおかしいです。

いろんな方法を知っていて、選んでいる
ということなら、分かります。

教育漢字は1026字あります。
いくつ書けるようになればいいですか?
はい、もちろん、「全部」です。
6年間ですべてを書けるようにしなければなりません。
その指導で、最も大切なことはなんでしょうか。
向山はこう書いています。

漢字の指導で大切なのは
「覚え方を教える」
ということである。

「漢字そのものを教える」
ということではありません。
「覚え方を教える」
ということなのです。
1026文字もあるのです。
一文字ずつ、ていねいに指導することはできません。

その中の何割かは、授業の中でていねいに指導するだろう。
しかし、新出漢字のすべてにわたって、その文字の成り立ち、意味、熟語、書き順などを扱えるわけではない。それほど時間はない。
とりあえず「新しい漢字を書けるようにすること」をしなければならない時もある。

全漢字を成り立ちからていねいに学習する・・・
そんな時間はありません。
しかし、いずれにせよ、
「漢字を書けるように」
は、ならなければなりません。
そのためには、

覚え方
をこそ、教えなければならないわけですね。

2 向山の漢字指導の基本原理
それでは、漢字にはどんな覚え方があるのでしょうか。
「漢字の覚えさせ方」
って学習指導では
「はじめの第一歩」
「いろはのい」
ですよね。
当然、大学の教員養成課程で習いましたか?
なぜか、教えられた記憶がないのでは?
どうしてでしょうか。
教えられた記憶がないので、多くの教師は
「自分がやってきた方法」
で教えてしまいます。
それでいいと思い込んでいるわけです。
はい、もちろん「デタラメ」になってしまいます。
例えば

20回書いて覚える
というような方法です。
ひどいのになると

10ページ練習する
とか

「100点主義」
とかいうのもあるといいます。
以下、向山の文章です。

向山は、全国各地でインタビューを繰り返しました。
1988年ごろのことです。
その結果、分かったことはこれです。

新出漢字を教える方法は人によってバラバラだ
「漢字を教える原理がない」ということです。
そこで、向山の指導法開発は次の段階に移ります。

1 向山自身の指導方法を原型にする
なぜなら、その方法は効果があったからです。
向山にとって、教室での確かな実感があったわけです。
しかし、念のため次の方法もとります。

2 優れた教師に共通した指導方法を確認する
そうして構築されたのが

「向山式漢字習得システム」
なのです。
「優れた教師に共通した指導方法」
というのは、例えば次のような方法です。

1 「指書き」や「空書き」
これは、つまり
鉛筆を持ってノートに書かせる前に、
必ず筆順を指で書かせる

という方法です。
この方法は、ポイント中のポイントです。
正しく教えると、その効果は劇的です。
しかし、教室でこれを本当にしっかりと指導している人は、今でもそれほど多くないようです。

あるいは次のような方法です。

2 漢字テストで、まちがいを再テストするときは、
 「まちがえたところだけ」をテストする

これもまた、ポイント中のポイントです。
一度できた問題は、もう練習しなくていい。
90点だったら、次の日は1問だけテストすればいい。
ところが、かなりの先生が
「10問全部の再テスト」
をしてしまうのです。
そのほうが、なんとなくいいと思うのでしょう。
事実は逆です。
「10問の再テスト」
をすると、子どもたちは漢字が大っきらいになります。
「まちがえた漢字だけ」
それだけを再テストするのです。
だから、やる気になるのです。
そのことを書いた向山の文章をお読みください。

3 向山の漢字指導システム
上に書いたとおり、基本原理は2つです。

原理1「覚えるまで指で書く」
原理2「まちがえた漢字だけ再テストする」
これを核にしながら、緻密に組み立てられたのが、向山の漢字指導システムです。
今では

『あかねこ漢字スキル』
という教材に、その指導法がすべて組み込まれています。
それが新聞や雑誌で最初に発表されたときの誌面から、全体像をみてみましょう。

まず原理1の覚える方法です。
3ステップです。

1 ゆび書き
2 なぞり書き
3 うつし書き

一番大切なのはもちろん1の「ゆび書き」です。
机の上に指で書けばいいのです。
ポイントは
「覚えるまで鉛筆を持たない」
という点です。
書き順を声に出して唱えながら、
机の上に指で書かせます。
「完全に覚えた」
と自分で確信できたら、
「なぞり書き」
をします。
もう漢字は覚えているのですから、
「形を整えて書く」
ことが中心です。

形を整えて書けたら最後は「うつし書き」です。
お手本を見ながら、自分で書いてみます。
もう漢字は覚えているのですから、
書く回数はほとんど必要ありません。
多くても2〜3回で十分です。

次に原理2のテストです。
テストの答えの欄が2つあります。
1回目のテストでまちがえたら、翌日に2回目のテストをします。
「まちがえたところだけ」
です。
どの子も練習してきます。
2回目のテストは1〜2分で終わります。

以上が、基本構造です。
当時、向山が各地で発表した原稿を紹介しましょう。
上の向山の原稿で「本誌」というのは、
小学館の『1ねんのがくしゅう』のことです。
自宅で子どもが学習できるように、また、お母さんがそれをチェックできるようにしていますね。
「指で書く」
という原理が確定していれば、
あとは応用していけるということです。

5 指で書く指導の研究
この「指書き」については、いくつかの論文があります。
例えば、

渡辺章、他「『空書』行動の出現と機能」1983年
佐々木正人「『空書』行動の発達」1984年
などです。
この論文では「指書き」を「紙上空書」と言っています。
その効果は、1980年代から指摘されていたようですね。
それを、向山は教室ですぐに使える形で、システムにし、全国に広げたということです。

やや新しいものでは、次の論文もあります。

菅谷奈津恵、他「文字学習における『空書』の効果─非漢字圏日本語学習者を対象として─」2017年
堀田龍也、他「教員の経験年数や漢字指導法が児童の漢字読み書きの正答率に及ぼす影響」2015年
興味のある人はぜひ、研究してみてくださいね。
6 『あかねこ漢字スキル』の指導ユースウェア
さて、この向山型漢字習得システム。
先ほど書いたとおり、今は

『あかねこ漢字スキル』
という教材としてパッケージになっています。

基本は1週間のサイクルでまわしていきます。

私は上のような図解で説明しています。

1 月曜日と火曜日は「指書き」で覚える
「必ず、筆順を声に出して言おうね」
「覚えるまで鉛筆を持ったらダメだよ」
「覚えた人は、立って空に書いてごらんなさい」
等々、細かな「指導技術」があります。

2 水曜日はテストに出る漢字を練習する
「上の段から横へ横へと練習していきなさい」
「二段目までできたら持っていらっしゃい」
「三段目は上をかくして"自分テスト"をしてごらん」
等々、細かな「指導技術」があります。

3 木曜日はプレテストとテストをする
「テストに出る漢字をテスト形式でやってみます」
「まちがえた漢字は今練習しておきなさい」
「本番のテストをします」
「隣どうしで答え合わせをしなさい」
「お隣と意見が合わないときは2人そろって持っていらっしゃい」
「合っていた問題にシールを貼りなさい」
「できなかった漢字だけ、明日テストをします」
等々、細かな「指導技術」があります。

4 金曜日はまちがえた漢字だけテストをする
このような細かな指導の言葉も含めて、
『あかねこ漢字スキル』
を採用したらついてくる
「指導の手引」
に、全部書いてあります。
また、実際のイメージを持ちたければ、
「TOSS春の教師力UPフェス」の公式サイト
などでも「実演」されています。
ぜひ、一度体験してみてください。

ちなみに、ここだけの話ですが、
向山本人が、娘の恵理子を子ども役にして、
「『あかねこ漢字スキル』のユースウェア」
をていねいに解説している動画もあるんですよ!
今月の特典映像なのでお見逃しなく。


『あかねこ漢字スキル』の指導のテレビ取材(指導:石黒修)

出典・引用
1)向山洋一「漢字の指導で大切なこと(直筆原稿)」1988年、向山実物資料A70-50-01
2)向山洋一『教育科学国語教育 1988年3月号』明治図書、p.79-83
3)「あかねこ漢字スキル新発売」1988年4月、向山実物資料A70-51-01
4)向山洋一「1ねんのがくしゅう(直筆原稿)」1988年12月号、向山実物資料集A09(2)-102-01

関連リンク等
1)「TOSS春の教師力UPフェス」公式サイト
https://harufes.toss-online.com/

2)渡辺章・他「『空書』行動の出現と機能」(1983年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjep1953/31/4/31_273/_pdf/-char/ja

3)佐々木正人「『空書』行動の発達」(1984年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjep1953/32/1/32_34/_pdf/-char/ja
4)菅谷奈津恵・他「漢字学習における空書の効果:非漢字圏日本語学習者を対象として─第二言語としての日本語の習得研究─」(2017年)
https://researchmap.jp/read0154937/published_papers/21930688
5)堀田龍也・他「教員の経験年数や漢字指導法が児童の漢字読み書きの正答率に及ぼす影響」
https://toyama.repo.nii.ac.jp/record/1284/files/10_01_07_Page053to060_Takahashi.pdf

特典資料ダウンロードページおよび資料や映像、音声は予告なしに削除・変更されることがありますこと、あらかじめご了承ください。